〈パネルトーク〉
これからのまちづくりのために、博物館ができること
2025.10.03 小樽市総合博物館本館にて
1999年に開講された北海学園大学の学芸員課程は約30年の歴史があり、これまでに多く の修了者を輩出しています。同課程修了後、道内で学芸員や研究員として働く3名の卒業生が、在学生をまじえながら、地域振興と博物館の関わりについて語りました。学芸員の仕事とやりがいについても紹介します。
以下は、パネルトークの収録をもとにライターがまとめたものです。
| 吉村くるみ | 北広島市エコミュージアムセンター知新の駅学芸員(2016年人文学部卒業) |
| 森川日菜子 | 恵庭市役所企画振興部企画課主事「北海道文教大学・地域創造研究センター」研究員 (2019年人文学部卒業) |
| 蟬塚咲衣 | 小樽市総合博物館学芸員(2020年人文学部卒業。2022年文学研究科修士課程修了) |
| 齋藤未夢 | 北海学園大学人文学部日本文化学科3年 |
| 橋本和喜 | 北海学園大学人文学部日本文化学科3年 |
| 山木敬太 | 北海学園大学人文学部日本文化学科2年 |
| 司会 | 手塚 薫 北海学園大学人文学部教授 |
| 施設見学 | 石川直章 小樽市総合博物館館長 |
| ライター | 谷口雅春 |
| 編集協力 | (株)アイワード |
| 撮影 | (株)ラボット |
多くの人や施設とつながる博物館へ
手塚 今日は、私が関わる本学の学芸員課程を修了して、自治体職員となった3名(2名は学芸員で1名は研究員)と、私のゼミ(文化人類学)の学生2名、そして2025年に奥尻島研修に参加した学生1名に集まってもらいました。パネリストとしてご発言いただく卒業生3名は、宮城県石巻市で行われた文化財レスキューや、奥尻島での「記憶地図」づくりのプロジェクトなどにも関わっています。
なお、本日のパネルトーク終了後に、石川館長のご案内で1906(明治39)年竣工の「旧日本郵船株式会社小樽支店」(国の重要文化財)の視察を行います。
さて、「地方都市の振興のために博物館に何ができるか。そのために市民や社会教育施設との連携をどう図るべきか」、といったテーマで話を進めましょう。まず簡単な自己紹介をお願いします。
吉村 私は3年前から、「北広島市エコミュージアムセンター知新の駅」という、北広島市教育委員会の組織で仕事をしています。その前は美唄市の郷土資料館で学芸員をしていました。さらにその前の3年間は、北広島市の任期付き職員で学芸員として働いていました。
専門は近代史で、現在は主に北海道交通史を物語る貴重な遺構として1984(昭和59)年に国の史跡に指定された、史跡旧島松駅逓所に関わる業務を担当しています。ここは、明治期に北海道における稲作の普及に尽力し、「寒地稲作の祖」と称される中山久蔵が駅逓取扱人を務めていた場所でもあります。
森川 私は恵庭市役所に務めています。7年になります。これまでに税務課や財政課、秘書課を経て、いまは市の企画課から出向し「北海道文教大学・地域創造研究センター」研究員を務めています。今年で創立3年目のこのセンターは、アカデミックな視座から地域課題にアプローチしていて、恵庭市の読書文化政策や、観光消費をめぐる研究などを行っています。もともと地域政策の分野に興味があった私は、自分で手を上げてここに出向することになりました。名刺に学芸員と入っていますが、現在の業務は文化財関連の分野にはありませんので、今日のテーマに関してはやや外からの目線での話になると思います。
蟬塚 私は小樽市総合博物館で学芸員として勤務しています。2022年の3月に北海学園大学大学院文学研究科の修士課程を修了して、その春に小樽市の職員となりました。卒論と修論はともに奥尻島のお祭りと民俗芸能でした。現在は総合博物館で歴史分野の仕事をしています。ふだんの業務としては、市民の方や企業、道内外のメディアから寄せられた、小樽の歴史的な写真や資料に関する問い合わせに答えたりします。また北海学園大学で博物館実習の講義を担当しています。また今年度は小樽商科大学でも非常勤講師として授業を担当しました。小樽の歴史をめぐって、いくつかの大学とも連携をしながら、博物館だけでは実現が難しい研究にも取り組みはじめたところです。
齋藤 私はいま日本文化学科3年生です。学芸員課程のほかに社会教育主事課程も履修していて、先日は中札内村(十勝管内)での実習(2泊3日)を経験してきました。ワークショップが開かれて、役場の方と連携しながら、地元の方と移住や高齢者福祉、中学生に関する課題解決の議論に取り組みました。
橋本 私は齋藤さんと同学年で、学芸員課程と社会教育主事課程を履修しているのも同じです。この小樽市総合博物館での実習では、本館回廊展に関わることができました。そして私も中札内での実習に参加しました。
山木 私は日本文化学科2年です。2年生になってから学びの進路を、以前から興味があった考古学に絞りました。私も小樽市総合博物館での実習を体験しました。また福島大学が行った事業で、奥尻島や枝幸での発掘調査にも加わることができました。この発掘調査は、小樽市総合博物館の館長さんに教えていただいて参加することができたのです。将来は北海道で考古学分野の学芸員になりたいと思っています。

当日のパネルトークの様子

小樽市総合博物館 国の重要文化財「旧手宮鉄道施設」の前で
手塚 それでは本題に入りましょう。
2022(令和4)年に博物館法が改正されました。重要なポイントが3つあります。まず、博物館がより広い意味の社会インフラとなることをめざして、設置の目的に文化芸術基本法の精神に基づくことが加わりました。そして、収蔵資料のデジタルアーカイブ化を進めること。さらに私がすごく重要だと思っているのは、「他の博物館や地域の多様な主体との連携・協力によって、文化観光など地域の活力の向上へ寄与すること」が謳われたことです。
これからの博物館は、いろんな組織や市民と幅広く関わり合いながら、地域の活性化にさらに積極的に参画していくことになります。そうした動向を踏まえて3名のパネリストからは、現場で具体的に取り組んでいることなどを教えてください。
森川 私は現在は文化財行政の現場にはいないので、少し大きな枠組みでお話しします。いま策定中の第6期恵庭総合計画の中で、文化財や郷土資料館は、市民のための教育施設として位置づけられています。つまりそこにはまだ、観光など産業振興の切り口はありません。恵庭の子どもたちや意欲ある市民に学びを提供することが目的になっています。その文脈で現在は、郷土資料館の展示解説を月に一度学芸員が行ったり、あとは昔の道具やおもちゃなど、館の収蔵資料を学校に届けて、実際に触れてもらう事業を行っています。でも個人的には、例えば史跡カリンバ遺跡(重要文化財となった漆塗装身具も見つかった約3000年前の土坑墓群)などは、観光コンテンツとして市外にも十分アピールできると思うのです。
地域創造研究センターで私は、恵庭市の読書や観光に関する政策に関わっています。それらは地域の資源づくりの一環ですから、内外に広くアピールしていくことも求められています。個人としては将来的に、いま言った遺跡などを観光のリソースとしても活かせる仕事をしたいと思っています。
吉村 北広島市役所には、恵庭の郷土資料館さんからよくイベントのポスターを送っていただいています。資料館が観光のリソースとしては考えられていないということをいま聞いて、意外な気がしました。恵庭や江別は道央圏で有数の縄文遺跡があるまちですよね。
森川 そうなんです。恵庭市では都市計画マスタープランが今年(2025年)改定されたのですが、残念ながらそこにも文化財や郷土資料館といったキーワードはありません。もったいない気はします。
手塚 吉村さんはエコミュージアムセンターの学芸員ですが、そもそもエコミュージアムとは何か、というところからお願いします。
吉村 はい。私がいるのは「北広島市エコミュージアムセンター知新の駅」という施設ですが、ここはエコミュージアム構想の拠点施設です。1960年代にフランスで始まったエコミュージアムとは、まちづくりと博物館を結びつけた考え方で、特定の建物施設に資料を集めて研究や保存・展示していくのではなく、まち全体を屋根のない博物館と見立てるわけです。例えば北広島だと島松軟石という、太古の支笏火山に由来する石が採れ、その軟石で建てられた現役の建物がいくつかあって、それらが島松軟石を語る展示物となります。私が担当している史跡旧島松駅逓所も地域の歴史を語る展示物の1つとして捉えており、こうした歴史的、自然的価値のある資料を市では「遺産」と呼んでいます。また、これらの歴史遺産、自然遺産を「発見の小径」というラインで結び、周遊する仕掛けづくりなども行っています。
北広島市は今でこそ北海道ボールパークFビレッジのあるまちとして知られていますが、これまでは誰もが知っているような観光コンテンツがありませんでした。しかしまちの宝物であるはずの歴史や自然を大きく捉えてうまくアピールしていこうと、2010年くらいにこのエコミュージアム構想が練られてきました。
エコミュージアムの担い手は、市民です。対象となるお客さんは市外からいらっしゃる方を主とし、解説員は市民で、学芸員がそれを支援します。そのために市民の皆さんは、自分が暮らすまちのことをあらためて深く体系的に知らなければなりません。センターでは市の内外に向かってエコミュージアムの考え方を説明したり、モデルコースをガイドしたりするわけです。
一方で、やはり課題もやはりあります。例えばガイドができる市民をどのように育成していくか。そのために市が主体となり、「まちを好きになる市民大学」と銘打って2年間で町の自然や歴史を学ぶ事業を展開しています。毎年10〜20名の方が学び、今年度で15期生です。少なくない市民が毎年応募してくださいます。そしてせっかく学んだことをどう活かしていくのか。エコミュージアムセンターのガイドや、単発イベントなどで活躍の場を設けてはいますがまだ十分ではなく、そのあたりは私たちに問われている課題です。
手塚 話題のボールパークはエコミュージアムに位置づけられていますか?
吉村 現状ではまだですね。北広島市の特徴として、市の中央に森が位置するため市街地が大きく5つの地区に分かれており、この5地区それぞれにサテライトを設けたいのですが、ボールパークのある西の里地区は、まだそこに至っていません。エスコンの関係者がセンターに来たことがあり、そのとき太古のこの地にマンモスがいたことを知って、マンモスのグッズが開発されたことがありました。
山木 私は高校まで北広島で育ったので、小学生のときにエコミュージアムセンターができて、何度も行っています。そのころはエコミュージアムの理念などは分かりませんでしたが(笑)、入館無料なので地元で発掘された考古学資料などが楽しみでした。また恵庭市郷土資料館にも何度も行っています。資料館はいろんなイベントをやっていますね。市民会館のホールを使った講演会などに行くといつも盛況で、考古学や郷土史をめぐる、市民の関心の高さが印象的です。
手塚 エコミュージアムの考え方のベースには「まちづくり」があり、博物館の役割の再定義とも関係してきます。その意味でも小樽市総合博物館の活動に注目したいところです。蟬塚さんいかがですか?
蟬塚 この夏(2025年7月)、いわゆる歴史まちづくり法(「地域における歴史的風致の維持及び向上に関する法律」)に基づいて策定した小樽市歴史的風致維持向上計画が、北海道では初めて国の認定を受けました。
この計画では、ソフトとハードの両面が重視されます。国としては城下町がモデルになっているのですが、歴史と伝統を反映した人々の営みと歴史的価値の高い建造物や周辺地域が融合しているところが「歴史的風致」と位置づけられたわけです。小樽では50年以上の歴史がある人々の活動とその活動が行われる建造物や市街地の保存・活用に対して、国から支援されることになりました。これまでのまちづくりでは、建造物が中心で、民俗芸能などの無形の文化財とは別に捉えられてきました。ようやく両者が融合していくことになります。
博物館に就職して私があらためて実感したことは、小樽市民や市役所の他部署も、まちの歴史に基づいていろいろな活動をしようとしています。そのため博物館に監修の依頼や相談がたくさん寄せられます。当館館長の石川は長年にわたって、「困ったときの(相談相手になる)博物館」というキャッチフレーズを掲げていますので、その成果だと思います。
小樽市は、歴史的な建造物が多く残っているまちですから、そこに関わる人の活動は何かを考えていくと、神社のお祭りがひとつのキーワードになりました。市内にたくさんあるお祭りについてこれまで積み重ねられてきた地道な調査研究があったからこそ、建造物と人の活動の双方の情報を盛り込んだ計画を策定することができ、歴史的風致維持向上計画の認定につながりました。同時に、建造物や人の活動を未来に伝えていくためには市民の地域に対する愛着や誇りと、行動に移そうとする情熱が不可欠で、それを資料や研究でサポートするのが、私たち博物館の仕事です。
手塚 なるほど小樽の場合は、博物館がまちづくりに深く関わっている印象がありますね。
蟬塚 でも課題もあって、文化財の数は多いものの、まだ点の状態です。それらを結び付けて面にするにはどうすればいいか。近年だと北運河一帯(当館が所管する、国の重要文化財旧日本郵船株式会社小樽支店も含まれます)の観光をめぐる動きがあります。民間の方々が進める事業が中心ですが、そこで人の流れをどう作り出していくのか、私たちも歴史に関する情報提供や建造物の活用という面で関わっています。
小樽には文化庁が認定した「日本遺産」が3つあります。道内の13自治体で構成される「炭鉄港」、本州を含む52自治体で構成される「北前船」、そして今年(2025年)2月に認定された初の小樽市単独の日本遺産「北海道の『心臓』と呼ばれたまち・小樽」。面といっても市内だけではなくもっと広域をカバーするストーリーづくりが求められていて、子どもたちへの出前授業などではそのあたりを意識しています。博物館ボランティアの皆さん(8分野約60名)や、まちの観光ガイド「おたる案内人」、そして解説を聞きながらまち巡りができる人力車のえびす屋さんへの研修も、当館が担当しています。小樽愛にあふれた皆さんの熱量から、私たちも刺激やエネルギーをいただいています。
森川 蟬塚さんの話を聞いて、恵庭でも博物館が観光消費の分野に関わる方法はまだまだあるかもしれない、と思いました。郷土資料館を舞台に市の内外から多くの人々が交流していますから、その輪をさらに拡張することは十分可能だと思います。

国の重要文化財「旧日本郵船株式会社小樽支店」の視察
解説をするのは石川直章小樽市総合博物館館長
デジタルアーカイブが担うまちの創造力
手塚 デジタルアーカイブについて話しましょう。ここで詳細にはふれませんが、博物館資料をデジタル化して保存してインターネットを通じて公開することには、資料の公共化や多様な創造活動を刺激することなど、さまざまな意義や可能性があります。皆さんのところの現状を教えてください。
吉村 北広島市エコミュージアムセンターでは、早稲田システム開発㈱という民間の収蔵品管理システムを導入しています。しかし資料登録が満足にできていないのが現状です。導入した当初にかなり登録はしているのですが、人手が足りずに毎年の更新が追いついていません。例えば新しく資料を寄贈していただいたときに、すぐに登録できているかというと、難しいのです。私を入れて4名の学芸員がみな忙しくて十分な時間が取れません。現在のホームページで、数千点程度は公開しているのですが。
ただもちろん、私自身もデジタルアーカイブの意味や価値は十分認識していて、恩恵も受けています。北広島では、明治大正期の写真資料はごく限られたものしかないので、市民大学等でレクチャーをするときには北海道大学の北方資料データベースにある関連写真(パブリックドメインのもの)を使わせてもらうことが多くあります。
蟬塚 小樽市総合博物館では、データベース(FileMaker)は基本的に職員専用で、インターネット上で誰もが見られるようなかたちの公開はしていません。昔の運河の写真はありませんかなどと、小樽で問い合わせが多いのは写真なので、博物館の運河館に来館者が使えるパソコンを用意して、館内では写真を検索できるようにしています。写真を使いたいという希望があれば、利用申請をしていただきます。館外に公開できていないことを、残念に思っていますが、私たちもやはり人手やノウハウが足りません。学芸員は12名いますが、本館と運河館、そして旧日本郵船株式会社小樽支店と手宮洞窟の4つの施設があり、管理や運営だけでも大変な状況です。ちなみに鉄道車両が50両ほど保存展示されている本館の敷地はエスコンフィールドの球場の面積くらいあります(笑)。そのため施設自体の維持も簡単ではありません。アーカイブの専門職員もいないので、デジタルアーカイブをどのように構築していくか難しいところなのですが、昨年(2024年)から京都の立命館大学アート・リサーチセンターから研究費をいただき、横断検索ができるデータベースに接続する取り組みを進めています。国立国会図書館が運営するジャパンサーチというプラットフォームがあり、全国の美術館や博物館、研究機関が公開しているデジタルコンテンツを横断検索できます。私はそのように、小樽の資料だけにこだわらずに、全国のコンテンツを広く検索できるシステムの中で当館の資料を公開できれば良いと思います。そこで、ジャパンサーチと連携している立命館大学アート・リサーチセンターのシステムに写真を登録するために、まずは小樽で約50年前に撮影された景観写真の整理や調査を進めているところです。またアーカイブの活用について、北海学園大学をはじめ、本州の立命館大学、佛教大学とも連携しながら、館が所蔵する昔の写真の撮影地点を特定し、その写真と同じ場所と構図で撮影した現在の写真を比較できるようにする事業を行っています。そこからさまざまな探究の芽が出ています。いま1970年代の小樽のまちなみを撮影した写真群(兵庫コレクション)と向き合っているのですが、小樽で暮らしている方々にとっては当時の想い出が蘇る懐かしい写真で、大きな反響をいただいています。昭和と令和の写真を見比べることで、約50年間で小樽のまちのどこが変わり、どこが変わっていないのかが自然に浮かび上がるのです。この取り組みは、小樽市民と昭和の時代の小樽を知らない大学生が一緒になって、まちの記憶や場所の意味と向き合う機会にもなっていて、博物館資料を活用して地域の過去・現在・未来を考えられることを実感しています。
吉村 デジタルアーカイブという手段で、何をするのかが問われるのですね。手段が目的化してはいけないと思います。もし実物資料そのものが失われても、データは末永く残るでしょう(データ管理のリスクはありますが)。
森川 恵庭市の市立図書館には2017(平成29)年に指定管理者が入りました。そのTRCからいち早く、郷土資料館の資料をデジタルアーカイブ化しませんかという提案があって、史跡カリンバ遺跡の発掘資料を精密な3D画像にすることなどが進められたとのことです。これは国の重要文化財なので実物を実際に展示できる期間に制限がありますから、デジタル資料として公開することで、いつでも誰でも見ることができます。
恵庭市のデジタルアーカイブ化の取り組みとしては、恵庭市郷土資料館で現在収蔵資料台帳をデジタル化している最中ときいています。しかし課題は、全国共通のデータベースがないことです。全国共通のフォーマットでデジタル化ができて、それがすべての人にオープンであれば、学術的にも市民の生涯学習の面でもすばらしいのですが。
吉村 2年くらい前に道央で学芸員の研修があって全道の学芸員が集まったときに、議論のテーマのひとつがまさに「資料台帳の管理」でした。時間も予算も人手も足りない中で、どうすれば良いのか、と。
手塚 その分野に関して日本はやや遅れていますね。欧米では国際的な標準やガイドラインが定められており、データ交換・公開には共通化や相互運用を進める流れがあります。また、そのデジタルフォーマットに準拠すれば助成の対象になる場合もあります。
森川 この夏(2025年8月)、恵庭市の北海道文教大学で社会教育の全国大会(第64回社会教育研究全国集会 北海道集会in恵庭)が開かれて、私は主催者側として関わりました。そこであらためて認識したのが、恵庭の市民力です。1980年代からの読書政策の展開も市民が自ら本と関わることが基盤にありましたし、「花のまち」のイメージも、歴史の浅いコミュニティ(恵み野)を活気づけることをめざした、市民の主体的なガーデニングブームがもたらしたものでした。単に消費の文脈でメディアで紹介されるガーデニングブームとは違う本質があったのです。社会教育の政策もその基盤を共有しているのですが、例えばコミュニティスクールや通学合宿などが知られています。図書館や郷土資料館も同様です。つまり市民の力こそがまちの創造力の源泉なのだな、と思いました。
そして社会教育の全国大会で気づいたのは、社会教育施設の位置づけがまちによって違うことです。恵庭では博物館は社会教育施設ですが、観光の枠組みで機能している自治体もあります。
吉村 蟬塚さんのお話にあった他の機関との連携でいえば、北広島市エコミュージアムセンターは、大阪府の太子町立町にある太子町立竹内街道歴史資料館と連携協力に関する協定を結んでいます。北広島市ゆかりの先人である中山久蔵(寒地稲作の先駆者)の出身が太子町だからです。2023(令和5)年に「寒地稲作成功150周年」を記念した事業を展開したのですが、太子町でも多くの関連事業が行われました。地域の歴史文化が、ある意味で思わぬ線や面の広がりを見せてくれていますね。
蟬塚 今日のこのパネルトークは、博物館はまちのためにより開かれた事業を展開していく時代だという共通認識に立ったものでした。その考え方や新たな方法を議論してきましたが、私たちが担っている地域資料の収集・保管・研究・展示という基本的な仕事の大切さを、あらためて実感しています。博物館がまちの活力を支えるためには、日頃の地道な活動の蓄積が不可欠ですね。またデジタルアーカイブについては、アーカイブした資料の活用方法を学芸員や館の職員だけで考えるのではなく、大学や企業などと連携しながら広く社会に発信することで、新たなアイディアが生まれる可能性を感じました。
齋藤 なるほど、デジタルネイティブの世代は、デジタルの世界で満足してしまうかもしれないので、博物館に実際に足を運ぶということも重要だと思います。
橋本 デジタルと実物を融合する方向がどう展開していくか。例えば歴史をテーマにしたまち歩きでは、AR(拡張現実)の技術で昔のまちをスマホアプリ等を使って液晶画面に表示できれば面白いですね。
手塚 皆さん、本日は貴重なお話をきかせてくださりありがとうございました。

1906(明治39)年竣工「旧日本郵船株式会社小樽支店」(国の重要文化財)会議室内のパネリスト
夏休み中に受講生6名が道内の最東端と最西端にある2つの博物館で所蔵資料の整理作業を行いました。
2022年8月中旬に学生3名が奥尻町稲穂ふれあい研修センター歴史民俗資料展示室で、また、8月下旬には学生3名が斜里町立知床博物館で、博物館業務をそれぞれ体験しました。博物館にとって最も基本的で重要な所蔵資料のカード作成という貴重な経験を積むことができました。学生の指導に当たって下さった2つの博物館のスタッフ、とりわけ稲垣森太氏(奥尻町教育委員会事務局・学芸員)と宇仁義和氏(斜里町立知床博物館学芸員)に深く感謝申し上げます。

稲穂にある歴史民俗資料展示室で民具の資料カードを作成

奥尻町赤石地区で住民の方々に話を聞きながら地図に記入

知床博物館所蔵文書のデータベース化

知床博物館所蔵資料の内容をPCに文字入力
学芸員課程
小さな町の郷土資料館から都会のおしゃれな美術館まで「博物館法」に定められた専門的職員、すなわち学芸員を配置することが求められています。
この資格を取得するためには学芸員開講大学で特定の科目を履修する必要があります。
提携先の小樽市総合博物館などで、1年を通じて博物館資料の収集・保管・展示・教育をじっくりと学びます。
受講生が課程の魅力を紹介
学芸員課程を受講している3名の学生に、1)学芸員課程を選択した理由、2)学習した内容が今後も含めて役立っていると感じる部分、3)将来の夢の実現に向けて努力していること、について答えていただきました。

髙野風音さん
人文学部日本文化学科4年
私は学芸員を目指しており、そのために学芸員課程を履修しました。それまで博物館や学芸員に関する予備知識はありませんでした。しかし、本学の教員や北海道博物館、北海道開拓の村、小樽市総合博物館等の学芸員による座学と小樽市での博物館実習で日本の博物館の現状を学びました。学芸員の夢をかなえるためには、大学の講義以外にも積極的な働きかけが必要と思い、道内博物館のネットワーク組織である北海道博物館協会の臨時職員として働いています。学芸員志望の学生や観覧者としてだけでなく、博物館の内側から道内の博物館の事情を知り、博物館活動に貢献するためには何をしたらよいのかを日々学んでいます。

神野光さん
人文学部日本文化学科3年
受講しようと思ったきっかけは、博物館での仕事に興味があったためです。幼いころから博物館に行く機会が多く、気がつけば学芸員課程の門をくぐっていました。個性溢れる教員のもとで、資料の正しい保存・展示方法や展示室の形態、webサイト作成法などの授業を受け、さまざまな見識を得ました。特に役立っている部分は、展示構成についてです。博物館に行くと、配慮されたり、工夫を凝らしている点によく気がつくようになり、観覧の楽しみが増えました。私の地元には郷土資料館がありますが、学芸員はいません。そのため地元に戻った際に、できれば学芸員として、大学で学び培ってきたことを還元し、地元に恩返しができるように日々研鑽を積んでいます。

柄澤ののはさん
人文学部日本文化学科3年
小学生の頃から学芸員に憧れと興味があり、必要な知識を学ぶために学芸員課程を受講しました。現役の学芸員である講師陣から沢山の事を学んできましたが、資料を展示する上で気をつけなければならないことを学べたことで、学芸員と来館者相互の視点で展示を鑑賞する習慣が身につきました。学芸員になるために講義以外の時間でも学ぶことを心がけ、専門的な文献を読んだり、博物館を訪れる機会を増やすようにしています。学芸員課程で毎年実施する奥尻島研修にも参加するつもりですし、長期休暇期間中には博物館でボランティア活動を行い、博物館での活動経験を積極的に広げていきたいと考えています。
学芸員課程は面白い!OB/OG・教員が課程の魅力を紹介

学芸員課程で学ぶことの魅力
古田くるみ
北広島市学芸員
私は現在、北広島市「北広島エコミュージアムセンター知新の駅」で学芸員として働いています。実家が北海道博物館のすぐ近くであったこともあり、将来は博物館や歴史に携わる仕事がしたいと思っていました。そのため在学中に学芸員の資格がとれる本学はとても魅力的でした。
学芸員課程では「博物館経営論」や「博物館実習」などさまざまな視点から博物館を学ぶことができ、講師の多くは現役の学芸員です。また資料の梱包作業体験や学外へのボランティアなど実践的な学びの機会が多くあり、学芸員となった今だからこそ、これらの経験が自分の力となっていることを強く感じます。本課程で夢を叶えた一人として、本気で学芸員を目指す人にこそぜひ受講をおすすめしたいです。
ミュージアムの現場を知ることで社会を俯瞰する
手塚 薫
人文学部日本文化学科教授[学芸員課程委員会・委員長]
学芸員課程の学びのコンセプトは、受講生に普段から現実の社会とのつながりを意識してもらうことです。講師陣のほとんどは現役のミュージアムの学芸員です。ミュージアムで繰り広げられる日常への実践的な対応を学ぶことで、社会において必須とされる考え方の基本を身につけます。
学芸員課程修了者の活躍
『学芸員課程学事報告書』
- 『北海学園大学学芸員課程学事報告書 第36号』
- 『北海学園大学学芸員課程学事報告書 第34号』
- 『北海学園大学学芸員課程学事報告書 第33号』
- 『北海学園大学学芸員課程学事報告書 第32号』
- 『北海学園大学学芸員課程学事報告書 第31号』
- 『北海学園大学学芸員課程学事報告書 第30号』
- 『北海学園大学学芸員課程学事報告書 第29号』
その他(基礎資格・修得単位数・受講料など)
詳しい説明につきましては、大学Webサイト「学芸員課程」をご覧ください。



